CANDY CANDY BOOTLEGS!!
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キャンディ・キャンディを守る会: <水木杏子(名木田恵子)先生への質問と回答> ログ

4/1/2016

 

はじめに

画像
「キャンディ・キャンディを守る会」はキャンディ・キャンディ裁判当時に問題の早期解決を願う作品のファンが自発的に集い、「キャンディは私達ファンと二人のママのもの」 というスローガンを掲げて中立の立場から精力的に活動していたグループです(作品に対する思い入れのない、漫画原作の著作権に対する興味のみで事件を観察していた私はノータッチでした)。

最高裁判決と共に自然解散のような形となったものの、サイトは残され長らく貴重な参照先となっておりましたが、 サイトデータの置き場である「フリーティケットシアター」が2016年3月31日をもってサービス終了、「守る会」サイト閲覧も不可能になりました。
web.archive.org で大半のデータは拾えるものの

    参照外部リンク:
    web.archive.org「キャンディ・キャンディを守る会」

非常に貴重な発言集である「水木先生への質問と回答」のページは不具合が出て閲覧不能。
サービス終了前にウェブ魚拓で保存しておきましたが、

    参照外部リンク:
    「キャンディ・キャンディを守る会内<水木先生への質問と回答>」2016年1月22日 19:22のウェブ魚拓
短縮リンク: http://gyo.tc/16mSe

どうせなら参照しやすいように保存しておくほうが公益性があるかと思い、このページで再公開する事にしました。
質問1、2、3、4、および質問9

質問1 いがらし先生は本当に水木先生を原作者と認めていないのか?それはいつからか?

質問2 いがらし先生は、なぜ今になって漫画「キャンディキャンディ」はご自分ひとりだけの権利と主張されるのですか?

質問3 漫画『キャンディ』のキャラクターをいつ、どこで、だれが描いたとしても、それが『キャンディ』に登場するキャラクターである以上、その絵はすべて漫画『キャンディキャンディ』を背景として描かれていると思うのですが、このことについて、いがらし先生はどのように思われますか?(一般的に、原作者の<絵>の権利がその漫画本の中に記載されている<絵>だけにあるとはとても思えないのですが)

質問4 キャンディキャンディを今後どうするつもりで裁判を続けておられるのか? ​

質問9 いがらし先生・水木先生は、<お二人の「キャンディキャンディ」>として後世に残すつもりはないのですか?

【水木杏子の回答】
*質問1.2.3について
*質問4と質問9は関連があるので、まとめてお答えします。

「創作者」であるからには、自分の作品が<後世>に残ってほしい、読み継がれてほしいという気持ちを持たない人はいないと思います。
しかし、悲しいことにこれだけはいくら作者が後世に残したいとがんばっても、どうしようもありません。残る作品を選ぶのは多くの人の愛を得た<選ばれた作品>と思います。
キャンディのように読者の間から、そのような声が聞こえてきたとしたら・・・それだけで作者冥利に尽きる、というもので感謝の気持ちで一杯です。

キャンディについては<昔のファンが大人になったな>と感慨にふけることはあってもそのこととビジネスは結びつきませんでした。わたしはいがらしさんほど商売にたけていないのでこちらから<売り込む>という発想はありませんでした。キャンディを今後どうしたいか・・・という点をふくめ、いがらしさんにもしファンの声が届いていたなら教えてくだされば、一緒に考えたでしょう。私は読者と接することも漫画家より少なく<ファンの声>もなかなか聞こえてきません。(わたしと接してきた読者は物語を深く読み込み、お手紙をくれる少数派で<グッズをつくってほしい>といったタイプではなかったので。むろん、そういったお願いなどは漫画家にいくでしょうが)

私の<キャンディ>に対する確信のような思いは<求められている良い作品なら、きっとまた風がふいてキャンディは舞い上がる>というものでした。事実、「なかよし」が<るんるん>の付録にしてくれたり、少しずつ取り上げられるようになってきていたところでした。
確かに<仕掛けること>も大切でしょう。
しかし、今回のことで<自然に流れるはずだった風>がとまり、澱(よど)んでしまったと私は思っています。
キャンディの今後については・・・・
まったく解りません。この裁判が長引けば、東映アニメもあきらめ、ファンのひとたちも引いてしまうかもしれません。事件はもっと多くの人に知られる所となり、これは東映サイドの言葉ですが「ダーティーイメージがついたキャンディのスポンサーを探すのがたいへんになり、再放送なども難しくなってくる」

しかし、今ならまだ・・・・・間に合うと思っています。高裁の結果がでたあと、いがらしさんが非を認め<キャンディを生かす>話し合いに応じたら・・・・・

キャンディを今後どうしたくて裁判をつづけているのか・・・
わたしには答えようのない質問です。
著作権がない、といわれつづけているわたしには<キャンディの今後についても口出しする権利はない>といわれてるのと同じことです。
まず、権利を(元の通り)回復して、不正を正し、いがらしさんが<今後何をしたいのか>話しあうだけです。
いがらしさんが話し合いに応じれば、ですが・・・・ 
質問10

質問10 両先生は、なぜ「講談社」との契約を解除されたのでしょうか?(それまでずっと講談社だったのになぜかと思いまして)

【水木杏子の回答】質問10
水木杏子HP<陳述書Ⅰ 今までのこと>にくわしくそのいきさつを書いています。わたしとしては講談社との契約を個人的に残すこともできたのに・・・と、今はっきりいって残念ながらいがらしさんの<計画>に陥ってしまった、と判断しています。
    参照外部リンク:
    水木杏子公式サイト内<陳述書Ⅰ 今までのこと>
質問11

質問11 質問というよりもお願いになると思うのですが、いがらし先生・水木先生のお考えになる「事実」と「事実と異なる憶測・誹謗中傷など」の違いを教えていただけないでしょうか?

【水木杏子の回答】質問11
<事実>は言葉とおりです。自信を持って答えられること。証拠もあり、証人もいる・・・憶測は想像がまじります。事実はなかなか認証できません。この世の多くの事件が憶測をもって語られていると思います。新聞もニュースも<事実>が形として見えない以上、有識者の憶測にたよることになります。そこから真実を見抜ける人がわたしは<本物の目>を持つ人と思いあこがれます。
<誹謗中傷>は<事実>(証拠にそったこと)なら、誹謗ではなく<ほんとうのこと>なのでしかたがありません。しかし、どんな酷いことをしたひとにも尊厳はあり事実であっても<礼儀>は大切で、<いってはいけないこと>もあると思っています。  
質問12

質問12 いがらし先生、水木先生にとって漫画「キャンディキャンディ」とは何ですか?

【水木杏子の回答】質問12
青春時代の思い出がこもっている大切な作品です。キャンディはいろいろなものをわたしたちにくれた娘でもあり、恩人でもあります。 
質問13

質問13 プリクラの件があきらかになったばかりの頃、お二人は直接お話される機会がありましたか? また話し合いに応じなかった事実はありますか?

【水木杏子の回答】質問13
これも私の陳述書をお読みください。
それに書いていないこととしては、プリクラ事件のとき漫画家の先生が間に入ってくださいましたが、話し合うことはいがらしさんに拒否されました。(いがらしさんは反対のことをいっていますが)

いがらしさんの擁護派たちは<なんで水木は自分で話し合いにいかなかったか>と責められそうですね。乗り込んででもいくべきだった、と。
しかし、HPに書いたとおりそれ以前から不信感が芽生えていたのです。特に夫は大変疑っていました。
プリクラの件でわたしがひどく怒ったとき・・・わたしにとっての最後の賭けは・・・(いがらしさんにやましい所がなかったら、いつものように<らとちゃん、なに誤解してんのよ>)と電話してくると思っていました。
とうとうありませんでした。 
質問14

質問14 <著作物>に関わる「同人誌」「インターネット」のファン活動を両先生方はどのようにお考えになりますか?

【水木杏子の回答】質問14
作品を愛してくださるのは作者としてうれしいことです。
「同人誌」など個人の趣味の範囲なら問題はないようですが、それが本当に趣味なのか<趣味を装った営利目的>なのか境目がわからず、今法的にも問題になりつつあるそうです。わたしとしては個人的には<コミケ>での販売くらいなら、大目にみたいなと(作品のイメージを壊さないものなら)思っています。 
質問15

質問15 水木先生にお聴きします。原作つき漫画の「漫画家」について、どのように思われますか?

【水木杏子の回答】質問15
オリジナルであろうと原作がついていようと、「その作品を書きたい」と情熱をもやし、描くのならば愛着は同じでしょう。<原作を生かすこと>もすばらしい才能だと思ってきました。すてきそうな物語をオリジナルで描いても漫画としていかされていなくて(構成力の拙さで)もったいないと思える作品もあります。
質問17

質問17 この裁判以前、お二人の原稿料(他、すべてのギャランティを含む)の比率に関して不満をお感じになったことはありますか?

【水木杏子の回答】質問17
ありません。6(いがらし)対4(水木)でずっと納得していました。
(何万部以上売れたら)5対5との約束事もありましたが、いがらしさんには人件費がかかるということで受け入れていました。
しかし、最近、井沢先生と話し合うようになって初めてその言い分に疑問を感じています。(中公文庫はいがらしさんの申し出により5対5になりましたがそれを一審で無理矢理その配分にしろといわれて、と言ってきたので名誉のため文庫の契約を解除しました)
また、いがらしさんが違反した契約書では印税は5対5になっていますが、わたしにとっては4でも5でも今更こだわりはありません。
いがらしさんと親しいマンガジャパンの弁護士が作ったのでそのままにしているだけです。しかし、いがらしさんのプロダクションに勝手に窓口手数料を20%取られていたことに対しては納得がいきませんね。 
質問18

質問18 両先生にお聴きします。 いがらし先生も水木先生のどちらも関知なさっていない「キャンディグッズ」の<海賊版>に対してどのような処置をとるべきか、そこまでのことをお考えになっているのでしょうか?

【水木杏子の回答】質問18
大変困ったことと思いますが版元を離れたらどうしようもありません。そういったことをとりしまるのも版元の仕事です。
現在、<海賊版>よりわたしはいがらしさんが不正に出したグッズのほうが問題です。 
質問19

質問19 プリクラの件以前にお二人の話し合いの中で、キャンディグッズについてのご意見の違いはあったのでしょうか?

【水木杏子の回答】質問19
この件についてお答えする前に、お話しておかなくてはならないのはHPを開いたときと今とではわたしの考えが違うということです。
以前は<私の二次使用の考え方がいがらしさんにちゃんと伝わっていなかったのが原因かしら・・・誤解があったのでは・・.と省みていました。
しかし、井沢先生への10年以上におよぶ<やりたい放題の侵害行為>が発覚するにつれ、事は<二次使用の使い方の考えの違い>などではなく、何とか原作者を封じ込め自由にビジネスをしよう、というものだったとの判断に至りました。
近々、発表することになると思いますが、10年前、いがらしさんが勝手に契約したイタリア版ジョージィからは<原作井沢 満>の名前が消えていました。それは意図的であった、と思っています。
出版社は原作者の名前を削除してもなんの意味もありません。

むろん、そのようなこともいがらしさんだけの考えではない、と擁護派はいうでしょうね。
わたしも(そうかもしれない)とも思います。
しかし、わたしたちはもう大人です。よこしまな考えの人がどう甘い誘いをささやいても断る判断力はあるはずです。

当初は、いがらしさんと二次使用について考え方がそれほど違っているとは思っていませんでした。
確かに<ビジネスをしたい>といういがらしさんの気持ちがわたしよりずっと強いことは分かっていました。しかし、私にとっても<二次使用のビジネス>くらいありがたいことはありません。働き者の娘が<親孝行>してくれる、といった感覚です。だからこそ<イメージを壊されず、みんなが喜ぶものを>と思っていましたが、いがらしさんのビジネス構想(まだ、講談社が二次使用権をもっていて、どこからの申し入れもない時、キャンディの使い方、売り込み方などについていがらしさんが<こう使いたい>という考え)を聞いているうちに、わたしにとって<顰蹙(ひんしゅく)物では・・>という考え方があり「それ・・・はちょっと・・・賛成できない」とは何回かいいました。それを今、取り上げているような気がします。
(なにをいっても水木は<だめ>といった、と)
繰り返しますが<相談>されていないのに<断れる>はずがありません。
そして、もし<相談>されていたら、なんでいがらしさんの考えを無視してことわれるでしょう。
それができるのなら、<講談社の契約解除>も<文庫>も、断っています。
この件では仲介にはいってくださった方が何人かいます。
そのうちのお一人にもいがらしさんは例の「水木がなんでも断るから!」と言い募ったそうです。
その方が、「じゃあ<なにを><いつ><どんな理由>で断ったか?」と尋ねられたところ、結局何も答えず、「なんでわたしが名木田さんの許可をいちいちもらわなきゃなんないのよ!」と激しくいわれたそうです。

わたしは今、それがいがらしさんの本心であろうか、と思っています。

いがらしさんがいつの頃からこれほどまでに原作者を無視する気持ちになったのか・・・
わたしにはわかりません。
今、思うことは<原作者の権利無視>の姿勢であるなら二次使用について原作者の考えなど何があっても聞く耳はなかった、と思っています。
最後に
 最後に
・・・・・・・
まだ、伝わらないこともたくさんあるでしょうが、以上がわたしの回答です。
いがらしさんの擁護派のひとのなかには<漫画の絵は漫画家のものじゃないか>という考え、また<二次著作者という判決にいがらし先生は腹立てた>という人たちもいるでしょう。(そういうひとたちは20年間、水木が原作者として処遇されてきたことなど念頭にないようです。)
水木が<訴えた>ことだけで反感を持っているひと、またHPであそこまで公表しなくても、と考えている人・・・・など・・・・感じます。
なんとか私の立場をわかってほしい・・・と願ってきましたが擁護派の方たちが子供の頃からいがらしさんを慕っている気持ちも分かります。<現実>をみたくない、という気持ちも・・・・・わたしも同じでしたから。
わたしは当事者ですから、だんだん現実を見極めてきましたが、いがらしさんのファンのひとたちは認めたくないこともたくさんあるでしょう。
そういった人たちに水木の立場をわかってほしい・・・と願うのはもう、あきらめました。

私はこれから<自分の考え>に従って行動します。
譲歩できる点は考えますが、できないところは拒否します。
いがらしさんの擁護派にとっては不快であろうかとも思いますが、いつの日かこの事件を捉え、水木の気持ちを少しでもわかってくださったら・・・・と願っています。


水木杏子
99.11.20
    参照:
    『キャンディ・キャンディ』裁判における井沢満(『ジョージィ!』原作者)の陳述書
付録01

水木杏子からキャンディのファンへの手紙

水木杏子旧公式サイト内には「キャンディのファンのみなさまに」と題した原作者から愛読者へ向けた手書きメッセージの画像が掲載されていた。
参照リンク:web.archive.org 水木杏子旧公式サイト内「キャンディのファンのみなさまに」

できればリンク先の手書き文字のメッセージ自体を読んでほしいのだが、最近のネットユーザーは参照リンクを一切確認しない人の方が多いので、やむを得ずここに全文を転載する。原作者がファンに直接語り掛けたメッセージということで、「守る会」への回答と併せて紹介しておきたい。
キャンディのファンのみなさまに

このページをみてくださっている’あなた’は古くからキャンディを心の友と思ってくださっている方でしょうか。

だとしたら、このような悲しいことになってしまい申しわけなく、哀しみにたえません……

この事の始まりはともあれ、いがらしさんを訴えたのは私なのです。

みなさんの中には、なぜ訴えたりしたのか、話しあいはできなかったのか、と思われる方も多いことでしょう。

私は、この事が起こる前も、また起こってからもそのときは代理人を通して話し合いを求めてきました。

けれど、結局、何の話しもできませんでした。
そのことが、私は心残りでたまりません。

25年の間、私はいがらしさんを大切な友人と思ってきました。青春時代、ひとつの作品を生み出した人は、年を重ねるにつれ、ふだん交流は深くなくても”特別の人”だったのです。
そして、彼女もそう思ってくれている、と信じていました。

今、私が彼女に問いかけることばは「なぜなの……!」このひとことです。

この事を公にすることは、キャンディを傷つけ、またファンのみなさまも悲しむことだろう、とためらいつづけているうちに、事件はひろがり多くの人を巻きこんでしまいました。

ホームページをつくったのは、”事のあらまし”を正確に伝えることが自分自身のため、また理解してほしい、と願ったからです。

もう二度と私のような思いをする”創作者”が生まれてほしくないのです。

このページをみたみなさまが、どんな感想をもたれようと私は受け入れるつもりです。

20年以上たち、キャンディは”親”の私たちをこえ、独立した人格と思っています。
立派に育った娘――私はそれだけで喜びでした。

”作品”は”作者”をこえて存在すればよい。
そうも思ってきたのに、この事件は私にも納得がいきません。

多くの人の夢をこわしてしまった…とたまらない気持ちでいたところ、ファンの方々の応援をうけ”この事件でキャンディは傷つかない”ともいわれました。大きく息をついた気分でした。

そう…あの子はこんなことでは傷つきません。
キャンディは今、涙をこらえつつ笑顔をむけてくれています。
私に、いがらしさんに、そしてファンのみなさまにも……
​
水木杏子
付録02

水木杏子からキャンディス・ホワイト・アードレーへの手紙

同ページ内テキスト、原作者からキャンディへのメッセージ「キャンディに」も紹介しておく。
キャンディ

あなたが自由に空を翔ぶのが わたしの願い……



涙の粒が多いほど

瞳は 輝く

くちびるは

やさしいことばと 笑顔のためにあるのだと

知っているあなただから…

もしも

歳月がこころをかえたと思っても

それは わるい夢

どこかに ほんとうの気持ちが眠っているはず

キャンディ

あなたなら 伝えられる

あのひとに 伝えられる

大切なものは

ほんとうに 大切なものは みえない

みえないものこそ 永遠だと……

キャンディ

風にのってあなたが駆けてくる

あなたの足音はいつもキラキラと光のこぼれる音

しあわせをつれてくる音



わたしは待っている

あなたがやってくるのを

丘の上でやわらかい風に吹かれながら……


​ 水木杏子旧公式サイト内「キャンディに」より

『小説キャンディ・キャンディFINAL STORY』に関する著者一問一答

12/1/2010

 
2010年11月『小説キャンディ・キャンディFINAL STORY』刊行後、 "公認ファンサイト妖精村"の掲示板に著者の名木田恵子が投稿した、ファンの質問に対する回答(投稿日:2010年12月 1日(水)23時47分37秒)。​クリックで回答が表示されます。
1.今や小説の出版を終えられたわけですが、キャンディが登場するか、または登場することがないとしても続編を書く御計画がありますでしょうか?
FINAL・・。これで登場人物たちともお別れ、という意識で書きました。
続編を書くことはありません。
けれど、FINALは新たな始まりでもあると思っています。
今回書き上げたことにより、さらに身近になった物語世界の<永遠の土地 、空、風、花々、建物 >をもとにしたスピンオフを書けたらと(出来るまでは予定にすぎませんが)思っています。
ある詩人がいわれたように<風景は時間>です。
新しい時代、新しい主人公を同じ舞台で・・もともとそちらを書く予定でした。
2.キャンディを再び画面上に登場させるために別の漫画家やアニメ制作会社とご協力されるお考えはありますでしょうか?
わたし自身にはそういった意思はありません。
けれど、考えもしていなかったFINALを書いたように今後出会う人たち、その人たちが信用できるか否か、企画によってはどうなるかはわかりません。
先のことはわからない・・それが人生の楽しみね!
3.最初に書いた時から、先生のキャンディの物語に関する感情が変わったということはありますか?
物語世界としては、全くありません。
4.なぜ、改訂版では曖昧な結末を描くことをお決めになられたのでしょうか?今後私たちがいつの日か「あのひと」が誰であるか知ることはあるのでしょうか?
曖昧にした理由はいくつもありますが、その一つは、あのひとに至るまでのdetailを書かなかったからです。それを書けば続編になってしまいます。
わたしは裁判上では原著作者で続編も自由に書くことはできますが、なんといっても原点は漫画です。
漫画のために描いた物語なのです。
(はじめから小説として書いていたなら、書いていたでしょう。)
そして、漫画として評価されなければ、現在もありません。
そういった意味で<曖昧>な結論が精一杯の<その後>です。
​
あのひとがだれか、ということより、キャンディスが<さまざまな苦難を乗り越え(そうなのよ!)、いちばん<愛しているひと>と穏やかでしあわせに暮らしている>ことを最後にお話ししておきたかったのです。
5.改訂版に関わる先生のお仕事について個人的なインタビューを受けていただけることを考慮願えませんでしょうか?
すべてにお答えはできないと思いますが、可能です。
01

『小説キャンディ・キャンディFINAL STORY』は「続編」ではありません。

キャンディのFinal版のこと 投稿者:名木田恵子 投稿日:2010年10月14日(木)
(略)
繰り返しいっていますが<続編ではありません>。
今までの小説版を全部書き直したのです。でも、なんだか計算上は300枚余は原稿増補になるし、30代のキャンディが回想しているし・・担当さんは“書き下ろし”といってくださるけど・・でもね、内容は同じです。
だから、あんまり期待しないでね。

ほんとうに時間がかかりました。
まだ半分、心が空を飛んでいます。
でもね、これでほんとにすべて、けじめとお別れができました。わたしにとって、ほんとのFAINALです。

(略)
とうとう、やっと、ここまでたどり着きました。
この本が出たら、わたしも深呼吸したいと思います。
何と長い道のりだったことでしょう・・事件当初からずっと見守ってくださったこと、みんなのこと、思い出しています。ありがとう。

発売日まで、どきどきです・・。
みんなが喜んでくれますように・・。
名木田恵子(水木杏子)『小説キャンディ・キャンディFINAL STORY』祥伝社
名木田恵子/水木杏子公認ファンサイト妖精村が活動終了した為に著者発言が参照し辛くなっていますが、企画公表段階から出版後に至るまで、著者・名木田恵子/水木杏子は「これは『キャンディ・キャンディ』の続編ではない」と繰り返し発言しています。

一応、2010年 7月29日(木)、2010年10月14日(木)、2010年10月16日(土)の著者発言は妖精村ブログ「妖精村からのお知らせ」の2010年10月27日記事「キャンディ・キャンディ Final Storyへのキセキ」に残されていますが。

…まあ、自作に関する重要情報について、自分のサイトでも出版社サイトでもなくファンサイトの掲示板やチャットでの告知だけで済ませるというのも如何なものかと思いますけどね。
刊行当時の事情を記すと、そもそも祥伝社は復刊ドットコムから出た『小説キャンディ・キャンディ』の文庫化を口実に名木田氏に近づいて来た。
参照:
 復刊ドットコム版『小説キャンディ・キャンディ』 刊行の経緯

それがいつの間にか企画が変わり、リライト版ハードカバー上下巻となった(「安価にお手元に」どころか復刊版より高い!)。
ところが出版直前に祥伝社公式サイトで公開された宣伝用フラッシュムービーや、書店サイトや紙媒体の広告に記載された文言では、オマケ要素に過ぎない後日談部分を全面的にアピール。現物を手にしてみたら、本のオビにも続編誤認を誘うコピー。

これじゃ読者が「キャンディの続編」と誤解しても不思議じゃない。

出版社側が最大限にウリと見積もった要素を推すのは当然といえば当然ではあるが、アンフェアだよな。
ファイナル執筆にとりかかる前、祥伝社側は名木田氏の「小説としてキャンディの作品世界を静かに閉じたい」「再漫画化は旧作ファンの心情を配慮して絶対に拒否」という主張を受け入れ、裁判関連の事情にも理解を示し、名木田氏は「この人たちは私の理解者!」と感激して出版契約を結んだらしい。
…が、いざ本が出てみると、態度を豹変させた祥伝社はファイナルをベースにした漫画化やアニメ化、海外での映像化等の企画を嬉々として持ち込みゴリ押しを始めた。
名木田氏は「執筆前にあれほど念押ししたのに…こちらの事情や心情に理解を示してくれたのに…」と困惑やら怒りやらを表明していましたが、いや、多少なりとも世の中を知ってる人間なら事前に想定できていた事態と思いますけどね。

最初に文庫化の話を持ち込んだ段階から、祥伝社は「ビッグタイトルである『キャンディ・キャンディ』の二次利用によるコンテンツビジネス」で一儲けするのを狙っていたって事でしょ。言うたらなんですが、小説キャンディの文庫版自体でそれほどの売り上げが見込めるとは思えないもの。だから復刊ではなく大幅リライトでタイトルも変えさせた。世間知らずな作家の浮世離れした主張なんて、適当に調子を合わせておけばいい。出版して権利に食い込んでしまえばこっちのもの、後はいくらでも丸め込める……という魂胆だったんじゃないですかね。

ファイナルストーリーが品切れのまま増刷されない実際の理由は知らないけど、その辺りの不協和音が影響してるんじゃないかと個人的には想像します。


そんな訳で、「ファイナルストーリーはキャンディの続編」とガセを流すのはやめようね。あと、現物を読んでもいないのに「続編でキャンディは○○と結ばれた」と又聞きで吹聴して回るのもやめましょう。実際に読んだ上で「私はこう解釈した」ならいいけど。

私もオタだからキャラ萌えカプ萌えは否定しませんが、物語自体のテーマ性を無視して自分の萌え解釈を他キャラのファンや公式に押しつけて騒ぐカプ厨行為はつつしもうな、リア中じゃないんだからさ。

『キャンディ・キャンディ』というのはキャンディス・ホワイトという倒れては立ち上がるタフな少女のビルドゥングスロマンなので、ぶっちゃけ、物語中に登場する少年たちはキャンディの人生旅の一里塚、成長の肥やしみたいなものなんだよね。「なんで殺した」「なんで別れさせた」と責められても物語作家としては困るだろうに。
02

なぜファイナルストーリーは「挿絵ぬきの小説」なのか

SNSで「本当なら、ファイナルストーリーだって いがらし先生の挿絵があったはずなのに と思ってしまうんです」などと心無い発言をしている人がいたので、裁判当時の水木氏の発言を再録しておきます。
暑いけれど、寒い夏 ◆ 水木杏子 1999-08-09 (Mon) 13:16:30 
(略)
キャンディの続編について・・
この前、あえて 一番大切なこと、ふたつ、書きませんでした。

ひとつは、これほどまでに問題化したこの作品を気持ちよく出版してくださるところがあるかどうか・・
出版界ではもはや<キャンディに係わるとたいへん>という意識が生まれています。
きちんとした解決が世間(出版界)で納得されない限り、敬遠されることでしょう。

もうひとつは、根本的なことです。
原作者の水木は<書く気>はあるが<その気力>が残るでしょうか・・
わたしは3年ものあいだ<原作者ではない><絵はわたしだけのもの>といわれつづけ、<唖然としたまま硬直>しつつあります。
そう・・絵は漫画家が描きました。それについてはなにがあろうと、感謝し、認めています。
しかし、ここまで漫画家が<原作者>を認めたくないなら、わたしは<絵>から心が離れていくでしょう。
もともと、キャンディの物語は漫画家の絵からイメージしたものではないからです。
一回目は、とくにわたし自身の世界のイメージといえます。

(漫画家のファンからは、また軽率な発言と責められるかもしれません。
わたしはたしかに、未熟でストレートな人間です。とくにキャンディの読者の前では正直でありたいと望み、みんなの<キャンディがすき>というきれいな気持ちを受け入れてきました。
しかし、理解してもらえないとしたら、それはそれでしかたありません)

もちろん、その後の連載は、漫画家の<絵>が基本でしたが、こうも長いあいだ「わたしだけの絵よ!」と耳元で叫ばれると、<絵のキャンディ>と<わたしの心のキャンディ>と分離してしまいそうです。
そこまで、硬直したら、続編どころか、わたしにとってこの作品は絵をみるだけで、心から血がにじんでくる・・できたら思い出したくない作品となるでしょう。
著作権侵害とは目にはみえないけれど、心臓に消えない青あざをつくる犯罪と今認識しています。
(略)

​水木杏子公式サイト掲示板より
(「続編」ではないにせよ)原作者がいがらし絵と決別したからこそ『小説キャンディ・キャンディFINAL STORY』を書き得たのだ、という事実を踏まえれば、「いがらし絵の挿絵を入れてほしい」というのが如何に心無い言葉なのか理解できると思います。
オマケその1

アンソニーの死とテリィの登場について

伊藤彩子・著『まんが原作者インタビューズ―ヒットストーリーはこう創られる!』同文書院 (1999/10)より、水木杏子の証言。
水木:アンソニーの死やアルバートさんが丘の上の王子さまだったという謎解きは初めから決まっていたの。大河ロマンの連載といっても、人気が出るかどうかは分からないから、完璧なプロットっていうのは立てられなかったのね。途中で打ち切られるかもしれないし……。それで、プロットとして、大きな柱を何本か立てて、その間は自由に発想する、という感じで書いていくつもりでいました。でも、第一回からすごく人気があって、編集長がいつまでも続けてもいいよ、って。「アンソニーが亡くなった後はどうするの?」ってまんが家も担当も心配していたけど(笑)。

――……ということは、テリィは、最初から考えていたキャラじゃなかったんですか?

水木:そうなのよ。最初のプロットではテリィの登場予定はなかったの。いがらしさんの描くアンソニー、やさしそうで、とってもステキだったでしょ。だからこそ、アンソニーとは違った強い個性、やさしさの表現も違う、正反対だけどどこか似ている……そんな強烈な個性の少年を出したかった。(略)テリィの登場で、アーチーの魅力が書けなくなったのが、アーチーに申し訳なくて。私の中ではアーチーは、もっと違った感じに書きたかったのだけど……。


    ​『まんが原作者インタビューズ―ヒットストーリーはこう創られる!』P158-159より 
オマケその2

ポエム「思い出の箱」

『なかよし』1978年3月号付録「キャンディの思い出ノート」には水木杏子作のポエム「思い出の箱」が添えられているのだが、
こうやって すぎていく日々を
マリンブルーのガラスの箱に
いれて
とっておければいいのに
そうしたら すきなときに
思い出を あけて
みることができるでしょう
そうよ
ほんとに そんな箱があったら
あたし たいせつにするわ
夜明けの
風がまどろんでいる時間に
とりだして みがくの
思い出を
毎日 きっと……

「思い出の箱」水木杏子(講談社 月刊『なかよし』1980年3月号付録「キャンディの思い出ノート」より)
ファイナルストーリーの後日談部分はこのポエムを踏まえたものではないだろうか?キャンディスは少女時代に夢想した「思い出を入れる箱から思い出をとりだしてみがく」を大人の女性になってから実行しているのである。
参考:『キャンディ・キャンディ』の設定やキャラクターに関する原作者発言を含む記事
  • 『キャンディ・キャンディ』の最終回と「二つのバッヂ」事件
  • 『キャンディ・キャンディボックス : なつかしいポニーの丘から』について​
  • ステアの戦死とアンソニーの「バラの死」
  • 復刊ドットコム版『小説キャンディ・キャンディ』刊行の経緯
  • 『キャンディ・キャンディ』の年表とキャラクターの生年月日
名木田恵子/水木杏子/加津綾子/香田あかね 原作漫画リストTOP

『キャンディ・キャンディ』のビジネス展開に関する原作者の一問一答

1/10/2002

 
2002-01-10 (Thu) に水木杏子旧公式サイト掲示板にてファンからの質問に回答。
ご質問にお答えする前に、今、わたしがこの事件を<いがらしゆみこ氏に よって計画的に騙されてしまった・・・>と、とらえていることをふまえていただきたいと 思います。ほんとうに恥ずかしく、哀しいことですが・・・。
質問1

質問1 いがらし先生はHP上で『「原著作者」の同意がなければ、私はキャンディのいたずら書きを描くことさえできないということになります』と仰っていますが、法律上の判決は確定したとはいえ、いくらなんでもイタズラ書きも書けないというのはオーバーだと思いますし、もしこれが本当ならばいがらし先生じゃなくても頭に来ます。
キャンディを製作するにあたって水木先生が二千枚の原稿を要したように いがらし先生も同様、この作品の為にキャラクター達の産みの苦しみを味わった訳ですから・・・ ​

それでは実際、水木先生のお伺い無しでどの具体的に程度までキャンディを書くこと又は 公に出す事が出来る又は許すとお考えですか?

【水木杏子の回答】
地裁、高裁、最高裁の判決文通り、簡単なことです。
公に(ビジネス)として絵を描く場合には<必ず原作者の許可>がいるのです。
名詞、イタズラ書きは<ビジネス>ではありません。
質問2

質問2 お二人の先生方は、講談社と契約解除なさいましたが、その時先生方はこの先キャンディキャンディの事を如何していきたいか真剣に考え、十分な話し合いや取り決めをなさって来たのでしょうか、そして密に連絡を取り合いお互い考い違いがあれば常に取り決めを更新する努力を当初からなさっていらっしゃっていたのでしょうか? ​

「講談社契約解除」とは例えれば「芸能人が事務所から独立する」ものと私個人では解釈してるのですが、もしそうならば先生方自身でキャンディを守っていかなくてはならない、また、これらを使って商売するのも他人任せでなく自分達の責任のみで事を興さなければならないというところですが・・・・
そういう考えの欠如又は軽じてたことが今回のような悲劇を起こす原因の一つだと思うのです。

水木先生はこれまでの事、これからの事をどう考えていらっしゃいますか?
このまま「キャンディキャンディ」を葬り去るつもりですか?
よく、いがらし先生、水木先生の回想文に「知らなかった」という言葉が使われていますが「無知」である罪もあると思います。そしてその被害者はファンである視聴者や読者です。

【水木杏子の回答】
​そういった話し合いは全くありませんでした。
ひとつだけあったのが<日本アニメのリメークの話>でしたが突然、続編の話になって それを拒否したときから日アメからの連絡が途絶えました。

契約更新については、書面を取り交わす当日、まさに家をでる間際にいがらしさんからの電話での懇願により<契約解除>に同意することになってしまったのです。
今にして思えば、水木の契約のみ講談社に残すことも可能だったようですが、そういったこと  を考える余裕さえありませんでした。
 いがらしさんとわたしは<運命共同体>と思っていたことが間違いであり、契約解除の件は自分の責任でもあると思っています。

・・・・・・・
先に書いたように契約解除は<わたしの意志そのもの>ではありませんでした。
<計画的に騙された>と結論したのは、いがらしさんにとっては<二つの目の上のたんこぶ>が<講談社と水木>だったのだと思います。
講談社との契約が解除されれば、****さんがお書きになったように<自分で自由にビジネス>ができます。あとは原作者水木をはずしさえすれば。
それは<版元>をはずせば漫画家の思い通りになってまう、というおそろしい前例になりかねませんでした。
東映アニメですら当初<二次的使用者>であるが故に<商標侵害>をされても何も言えなかたのです。その事を悪用して漫画家に乗ったのが<タニイ(株)>でした。
このままでは<業界のルール>がめちゃくちゃになる、と良識者たちが危惧していました。

また、****さんがいわれた通り、わたし自身の<無知の罪>でしょう。
そして”ファンこそが被害者”といわれることにも一言もありません。
質問3

質問3 いがらし先生のビジネスは著作権、登録商標を侵したものであるのは解りますが それを抜けば(略)いがらし先生がやっている事はそんなに大騒ぎするほど常識を逸した商売をしてるとは思えないのですが・・・
水木先生は高貴なビジネスと言いますが「キャンディ」といえども20年前の使い古されたキャラクターですから本格的にビジネスを繰り広げようと思うならそんなに相手を選んでいたら商売が成り立たないと思いますが・・・(略)

【水木杏子の回答】
​わたしは<常識を逸した犯罪行為>ととらえています。多くの製造業者が<いがらしさんひとりの著作権>といわれて騙されました。左の<黒い報告書>をお読み下さい。
業者といがらしさんとの契約書においても<著作権侵害についてのペナルティの項>は確かに ありますが<業者がいがらしさんの著作権を侵害した場合>のみの記載でした。本来<双方侵害    した場合> とあるべきです。
計画的と判断する所以です。

・・・・・・

​​>キャンディは20年前に使い古されたキャラクターですから

キャンディは漫画作品として生まれました。ビジネス(グッズ)の為に生み出されたキャラクターではなかったはずです。
参考:名木田恵子(水木杏子)公式サイト内 "黒い報告書"
質問4

質問4 いがらし先生は行動を起こしています、水木先生は言葉ではおっしゃっていますがまだ商売に限っては行動を起こしていません。
このまま,何もしないのでしたら「何もする気がないなら私のビジネスに口出しするな」 (そう言ったかどうか?)といういがらし先生の気持ちも解らないでもありません。 ​

それでは水木先生は「キャンディ」を使って、より具体的にどのようにしてビジネスを展開していこうと考えていらっしゃるのでしょうか?

【水木杏子の回答】
​結論をいうと、今後、水木は全く<ビジネス展開など考えておりません>

まず、しなくてはならないとしたら<作品の浄化>です。
最高裁判決前後、海外におけるヴィデオ関係の不正が目立っています。
 (その件がいがらしさんと関わりがあるのか否かはっきりとは結論はだせませんが)

また、判決はいがらしさんの<心の判決>にはならないのだ、と絶望し、漫画の本も休眠しました。

****さんは、すべてビジネスが基本とお考えのようです。
 わたしもビジネスが悪いこととは思っていません。
正当に行われるならば、ビジネスになり得る作品を書けたことはなんとありがたいことでしょう。
 しかし、いがらしさんは未だに水木を<原作者>として認めてはいません。

<作品の浄化>とは・・・
****さんが”相手を選んでいたらビジネスはできない”ということをいみじくも書かれたように、もはや<まっとうな業者ならばキャンディのビジネスは避ける>といった状況なのです。
それは<キャンディのアニメの再放送>に関ってくることでもあります。
 なぜなら、スポンサーになり得るようなきちんとした業者が番組についてくれなくなるからなのです。

いがらしさんがキャンディの絵を描いた、ということで****さん達はたいへん<大目>にみてしまわれるのでしょうね。

しかし、 ほんとうに作品の今後を心配して下さるのなら、どうしたらはやく<浄化>ができるのか考えていただきたいと願っています。
<謝罪>と<許容>ということ
<謝罪>と<許容>ということ ◆ 水木杏子 2002-01-13 (Sun) 22:39:08

(略)
****さんのおかげで、もう一つ大切なことを書かなくては、と思い至りました。
それは<謝罪>と<許す>ということ。

わたしは地裁(一審)の半ばまで<心のともなわない謝罪はいらない>という姿勢でした。
しかし、伊東大祐弁護士によると「(法的に)謝罪がないと罪を認めたことにならない。結果 ”悪いことをしたわけではない、相手がうるさかっただけ”などといわれかねない」と諭されました。
今、その通りであろうと思います。
水木個人についてはもはや、あきらめていますが、事件について公的な謝罪がないと前に進みません。

****さんは<グッズやイベントを許さないのですね>といわれています。
また、他の方から<いがらしさんに譲るものはないか>とも尋ねられました。

問題は・・・
いがらしさんからは<なんの謝罪もない>ということです。
最高裁の判決がおりても、いがらしさんの主張があの<声明文>の通りならば、一審からなんの変化もありません。

なんの謝罪も申し入れもない以上、わたしとしては許すも何もないのです。
つまり、「ごめんなさい」ともいわれていないのに「いいのよ」とはいえません。

いがらしサイドからは、ただ居丈高な<お金を払うから許可しろ>といった態度のみでした。
<許可>するには<原作者>と認め、今までの行状の<謝罪>は当然です。

それがない以上、いくら<できるならば穏便に許容したい>という心の準備があってもそれには至れない、というのがわたしの結論です。
<許容>にも有効期限があるということ。
今後は<法>に従うのみ、と思っています。

​水木杏子旧公式サイト掲示板より
正規品についてのことなど
正規品についてのことなど ◆ 水木杏子 2002-04-18 (Thu) 00:29:08
(略)
確かに<正規品>を出し、はっきりと<不正品>と分けることができれば、それがいちばん制圧するよい方法かもしれません。
けれど、”だれが不正品”を摘発、また制圧してくれるのでしょうか。その役目は<正規品の契約をした企業>なのです。不正品が二つや三つならば、まだ可能でしょう。しかし、このように<蔓延>してしまった不正品を制圧してまで<グッズ販売>をしたいという企業がいるのでしょうか。たいへんな労力、費用がかかります。

この掲示板などはファンが集まって下さっているので一見<日本中、世界中>がグッズをほしがっているという錯覚に陥ってしまいます。けれど、現実はそう甘くはなく、やはり<キャンディ>は過去の作品なのです。

いがらしサイドから一審の間「著作権裁判は後回しにしてまず、ビジネスをさせてくれ(いがらしさんが受取った金額の2割を払うから)」といわれました。
その理由は「キャンディのファンが大人になって自由に買物ができる余裕ができている。この5年ほどがビジネスのチャンスと思う」ということでした。むろん、そのような申し出はお断りしましたが、いがらしサイドはなかなかビジネスに対して先見の明があったのかもしれません。

5月21日は<業者裁判>の判決ですが、業者たちは<思ったより売れなかった>と主張しています。

アニメとグッズ販売は切り離すことができません。
再放送には劣化したフィルムをリニューアルするために一本何百万もの費用がかかると聞いています。その金額は<グッズのロイヤリティ>で東映はまかなわなければなりません。(TVの再放送料などたかがしれているそうです)
そのグッズ契約が今までの不正の為、きちんとしたスポンサーがつかないかもしれない、ということが大きな問題なのです。

正規品を! といわれても(ちゃんとした会社からオファーがあるためには)やはり、作品が浄化されなければ無理なのです。

下記に書いたように、まっとうな企業は<裁判沙汰>を好まないでしょう。わたしが5月の判決を心待ちにしていたのはその為です。
はやく<裁判沙汰>を終結させたかった・・・・しかし、新たな裁判が始ってしまいました・・・。残念でたまりません。
(略)

水木杏子旧公式サイト掲示板より
一部「ファン」の言動について

「読者の権利のために原作者は譲歩しろ」という意見について

都内葛飾区で、店舗の一部を「キャンディ・キャンディ博物館」と名付け入場料を徴収している喫茶店が営業されているようです。玩具コレクターがビンテージ・トイをテーマにしたコンセプトカフェを開店するようなケースは珍しくありませんし、それ自体をとやかくいうつもりはありません。
しかしながら、「無知に基づく善意」として容認するにはあまりにも酷い「博物館」運営者の
言動については、過去にも旧ブログの記事中で言及しました。

「読者権」などという造語を使って声高な要求をする博物館運営者にシンパシーを感じている人は、とりあえず以下の原作者発言に目を通していただきたいと思います。
水木杏子 2000-10-28 (Sat) 19:13:46
(略)

****さん、あなたがほんとうに長いことキャンディに愛情をもってくださっていることは感じています。
わたしは、そういった方達がたくさんいらしたことをこの事件で初めて知りました。
この20数年間<水木>にコンタクトを求めてきたキャンディファンは<物語中心>であって、それほどの人数ではありませんでした。
それだけ<いがらしさん絵>に惹かれ<キャンディ=いがらしさん>というファンが多いのだと思います。
それはさほど驚くことではなく<漫画>として世に送り出したのですから当然です。
わたしも20年間、そのことをわきまえていたからこそ引いていました。
しかし、<原作>を書いたことを否定されたならば、問題は別です。

訴訟にいたるまでの間、また訴訟中もいちばん気になったのは<作品>と<ファン>のことでした。訴訟が公になると<作品もファン>も傷つくと思ったからです。
****さんたち<いがらしキャンディファン>の気持ちはよくわかります。
キャンディは<いがらしさんの絵>なのだから水木さえ<譲歩すればすべて解決>と思われたことでしょうね。
わたし自身でさえ<自分が我慢し引けばファンはグッズやネット、イベントも楽しむことができる、作品も傷つかない>・・・そう何度思い悩んだことでしょう。
しかし、それは多くの<うそ><不正 ><傲慢なやり方>を容認することになります。
<作品>は生きるかもしれませんが<ポリシー>は消えることにもなります。
そして、わたし自身このままだといつか原作者として抹殺されるのでは、という危惧もありました。
それは、原作者のエゴであり個人的な悲しみかもしれません。
<ファンは作品だけ楽しんでいればよい>という考えのもとならば<原作者が抹殺されようと>関係ないことでしょう。<漫画>と<絵>は残ります。
けれど、わたしは自分の名誉をそういったファンたちの気持ちより優先させることにしました。 そういった意味で<いがらしキャンディファンたち>に今後、どう責められてもしかたないとあきらめています。

(略)
​
名木田恵子(水木杏子)旧公式サイト内ガーデンテラス掲示板より
3月おわりの 忘れ雪・・・ ◆ 水木杏子 2001-03-31 (Sat) 15:25:54
(略)
わたしが、謝罪ぜすにはいられないのは、やはり、みんなの夢をこわしたことです。

作品は、世にでたら、もう作者の手をはなれます。
キャンディの読者に対し、すまないという思い入れが深いのは長い歴史があるからです。
キャンディという作品と共にその時代を育ち、それぞれの思い入れのなかで<作品>を大切に心にしまって下さっていたのだと思われるです。
キャンディ=幼い日の自分、かもしれない・・・そういった人達に対して作者は作品のイメージを大切にする責任があると思います。
それは、もはやひとりの<個人>といってもいい<作中人物たち>を守ることでもありました。
わたしは・・それが、できませんでした。
けれど、みんなの心の中にいる<作中人物たち>はけして色あせない、ということもわかり、ほっとしています。

(略)
名木田恵子(水木杏子)旧公式サイト内ガーデンテラス掲示板より
もうひとつ。名木田恵子(水木杏子)旧公式サイト内のエッセイ「小窓から」より、『なかよし』の企画で愛読者と共に行ったハワイ旅行の思い出と、事件当時いがらしゆみこの公式サイト掲示板に集っていたファンの言動についてを綴った「六月の小窓~ユカそうじ姫たち 」より。
六月の小窓 ユカそうじ姫たち
(略)

今現在もCCネットはわたしにとって困惑と頭痛の種であることは事実です。
そして、わたしにとってキャンディの読者はみんな<なつかしい ユカそうじ姫>でしたが、読者によっては原作者への気持ちはさまざまだということを痛感しました。
ある読者たちにとっては、キャンディはいがらしさんが描かれた<絵そのもの>なのでしょう。
そういった読者たちにとって、この事件はどんなに腹立たしいことかと思います。
<いがらし先生の絵なのだから水木があそこまで権利をいいたてるのは気の毒、水木さえ引けばいがらし先生は自由に絵でビジネスができるし、我々もグッズやイベントを楽しめるのに>といった気持ちは、ある意味では当たっているかもしれません。いがらしさんがやってきたことはわたしにとっては胸痛む不正であっても<キャンディが活性化する企画>ではあるのですから……。
原作者否定という問題を外におけば、ある種のキャンディの読者たちにはすべてうれしい企画であったことでしょう。
しかし、それを表立って<声高に>いわないのは、侵害された者の気持ちも少しはわかってくださっているからでしょうか。

キャンディは漫画として世に出た作品です。
みんなの心に残ったのも、いがらしさんの漫画としてです。
キャンディファンはほとんどいがらしファンと思ってきました。それが自然です。
この事件におけるある種のキャンディファンがはっきりと意見をいえないのはその絵を描いたいがらしさんへの崇拝の気持ち、敬愛の念を大切にしているからだと思います。
そういったファンもひとつのファンの在り方なのだと、キャンディファン以外の人達にも理解していただきたい、と思います。
<理性や理屈>ではないのです。わたしは切ないながら理解できます。

しかし、そういったファンたちの存在が、いがらしさんが不正を堂々とやり続けられる一因であるということも心のどこかに止めておいてくださったなら、とかすかに望んではいます。
すばらしいキャンディの絵を描いた事実と<やってはいけないこと>は別なのだと。そして<やってはいけないこと>は個人的レベルをこえたら多くの人を悲しませる事になるのだということを。

(略)

名木田恵子(水木杏子)旧公式サイト内のエッセイ「小窓から(2000年6月)」
オマケ

不正な"キャンディ・キャンディ グッズ"の見分け方

ケイブンシャ「キャンディ・キャンディ」大百科裏ポピー「いんさつやさん」広告
1980年ポピーの広告では「(c)水木杏子・いがらしゆみこ・テレビ朝日・東映動画」の権利者表記になっている
一部例外もありますが、原作者と漫画家が講談社・東映と作品の二次使用に関する管理契約を切った1995年以降に製造されたグッズは、ほとんどが漫画家が悪徳法曹に入れ知恵されて作った不正品と考えた方が無難です。
正規品
商標権を持つ東映がグッズの版権管理をしていた時代の権利者表記は

(C)水木杏子・いがらしゆみこ・朝日放送・東映動画
品目や時期によって「朝日放送」が「テレビ朝日」や「NET(日本教育テレビ)」になっているものもありますが、「水木杏子」が一番に表記され、二番目が「いがらしゆみこ」更に「東映」が権利者表記に含まれているのが正常なビジネスがされていた時代の商品。

※アニメ絵を使用した商品は時期と品目によって
(c)水木杏子・いがらしゆみこ ・朝日放送・東映動画・旭通
と当時アニメの広告業務を任せていた広告会社の旭通信社を示す「旭通」「アサツー」「ASATSU」の表記が加わることもある。(1992年東映アニメフェアで単発リメイク映画が公開された際に販売されたセイカノートのぬりえの表記は(c)水木杏子・いがらしゆみこ ・東映動画)

ただし、アニメ放映初期のグッズや関連出版物は表記ルールが徹底せず、「(C)いがらしゆみこ・水木杏子」などになっているものも存在する。

不正品
漫画家が原作者と東映の権利を侵して不正なビジネスを行った結果市場に出たグッズは、
(C)いがらしゆみこ

(C)いがらしゆみこ・水木杏子
のように原作者名が権利者表記から削除されている、もしくは二番目の表記にされているもの(後者は
1998年以降にいがらし氏の共犯であるダンエンタープライズ社が原作者に無断でマルシー表記に名前を入れて許諾済み商品を装って製造販売した、氏名表示権侵害の悪質な商品)。

あるいは漫画家の個人会社である「アイプロダクション」や、アジア一帯で不正なキャンディビジネスを行う為に設立した「キャンディコーポレーション」を権利者としているもの。
バンプレストがキャンディコーポレイションに騙されて製作したプリクラの著作権表記は
(C)CANDY
​

1998年に恵比寿アトレで開催された偽版画即売イベントのチラシ記載の表記は
(C)アイプロダクション

にされている。

参考:「
キャンディ・キャンディ虐待問題」内 違法グッズ一覧 archive
 

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