「トランペットの思い出」は前年の昭和44年、別冊少女フレンド2月号に「夏の日の思い出」のタイトルでジュニア小説として掲載された作品を漫画化したもの。
参考:名木田恵子公認ファンサイト「妖精村」2001年10月のNews Flash
少年誌少女誌ともに、70年代初め頃までのマンガ雑誌では、詩や小説のような文芸や芸能スポーツ記事なども掲載されていた。
スポーツ実録ものと少年小説でデビューした梶原一騎が漫画原作に転向したのと同じく、もともとジュニア小説や詩作でデビューした名木田恵子も漫画誌に掲載する小説やポエムに起用され、漫画ブームにより少女小説の市場が狭まったために少女漫画の原作執筆にまわったパターン。のちのち80年代末から90年代初頭のティーンズ文庫ブームをうけて、名木田恵子の小説がフレンド誌の付録になるという回帰もあった(少女フレンド平成元年2月20日付録 FRIEND DREAMIN’ BOOK『人魚の椅子』 イラスト:前原滋子 )。
世界のティーンシリーズ は人気漫画家による世界各国を舞台にした読切連作
11月の小窓 漫画原作を書いていた頃 PART 1 (略)青池保子さんとはそれからもご縁があって、わたしの初めての週刊少女フレンド誌の連載<グリーンヒル物語>でもコンビを組むことになりました。
『週刊少女フレンド』1970年50号~1971年22号に連載された「グリーン・ヒル物語」終盤には、1977年10月1日公開の映画「幸福の黄色いハンカチ」(監督:山田洋次)とよく似たエピソードがある。その件に関する水木杏子旧公式サイト掲示板「ガーデンテラス」での原作者発言。
グリーンヒルのエピソード ◆ 水木杏子 2000-12-02 (Sat) 23:10:33 木枯らしの夜はココア? ◆ 水木杏子 2000-12-07 (Thu) 21:58:48
倍賞千恵子がこの話を知ったのは、渡辺貞夫の娘にTony Orlando & Dawnの"Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree"を聴かせてもらったのがきっかけであり、それが山田洋次に伝わり映画化につながったという逸話が倍賞の著書『倍賞千恵子の現場 (PHP新書 2017年刊)』で明かされている。
数年間刑務所に入っていた男が愛する人に「まだ自分を待っていてくれるなら、町の入口にある大木に黄色いハンカチーフを結んでおいてくれ」と手紙を出し、いよいよ帰郷してみると、バスの窓から見える大木には数百枚の黄色いハンカチーフがたなびいていた……という物語は、1971年10月にThe Postに掲載されたPete Hamillのコラムが有名だが、「グリーンヒル~」の最終回掲載号のフレンド誌は1971年5月25日発行である。 コラムの筆者ピート・ハミルもインタビューで「それまでも文人酒場で何千回も耳にしたネタ」と発言している通り、これはアメリカではポピュラーな口頭伝承らしい。 参考: The Post column that sparked ‘The Yellow Handkerchief’ (February 26, 2010) この物語のルーツについては世界の民謡・童謡の背景に関する研究ページ「ドナドナ研究室」内で詳細な検証がされている。 参考:黄色いリボンの謎 ドナドナ研究室 上記サイトの検証資料と突き合わせると、1949年年生まれの名木田氏が小学生の頃に聞いた「汽車・白い布」の物語は、ペンシルバニア州の州刑務所所長からの聞き書きを収録した1959年刊行の『Star Wormwood』が元であるのは間違いないだろう。 ちなみに同じ口頭伝承をもとにしたと思われる三原順の初期作品「赤い風船のささやき」は1974年『別冊マーガレット』9月号掲載である。 コメントの受け付けは終了しました。
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